スマートフォンの電話アプリを開くと、数字は上から「1・2・3」「4・5・6」「7・8・9」と並んでいます。
ところが、電卓アプリを開くと「7・8・9」が一番上。「1・2・3」は下にあります。
並べてみると、違いははっきりしています。
電話 電卓・テンキー
1 2 3 7 8 9
4 5 6 4 5 6
7 8 9 1 2 3
0 0
同じ0〜9の数字を入力するのに、なぜわざわざ逆なのでしょうか。
結論からいえば、電話と電卓が別々の道具として発達し、それぞれに適した数字配列が定着したからです。
しかも面白いのは、物理的なボタンがなくなったスマートフォンでも、この違いがそのまま残っていることです。
電卓は「0が手前、数字が上へ大きくなる」
電卓やパソコンのテンキーでは、使用者に近い下側に0があり、その上に1〜3、4〜6、7〜9と並んでいます。
つまり、大まかには下から上へ数字が大きくなっていく配置です。
なぜこの並びなのでしょうか。
CASIOは電卓の数字配列について、計算で使用頻度の高い0を手前に置いたほうが使いやすいという考え方を紹介しています。
ただし、昔からすべての計算機が現在のような配列だったわけではありません。
カシオが1957年に発売した「14-A」は現在の電卓に近い配列でしたが、その後には、桁ごとに0〜9のキーを並べた「フルキー式」の計算機も存在しました。計算機の歴史のなかでは、さまざまな数字入力方式が使われてきたのです。
そのなかで、現在の電卓型の配列が広く定着しました。
そしてパソコンが普及すると、キーボード右側のテンキーにも同じ並びが使われるようになります。
今では「電卓の数字はこの位置」という操作感覚そのものが、私たちの手に染みついています。
電話では数字キーの配置そのものが研究された
では、押しボタン式の電話を作るとき、すでにあった計算機と同じ数字配列にすればよかったのではないでしょうか。
電話で求められるのは計算ではありません。
電話番号という数字の列を、素早く、できるだけ間違えずに入力することです。そのため、押しボタン式電話では数字をどこに置くかも重要な設計要素になりました。
現在、電話機などの数字キー配列に関する国際勧告であるITU-T E.161では、次の配置が標準とされています。
1 2 3
4 5 6
7 8 9
0
そしてE.161は、この配置について、他の配置と比べて入力時間が短く、誤入力率も低いことが広範な研究で示されていると説明しています。
つまり、電話の「1が左上」という並びは、単に1から順番に上から置いただけのものとして扱われているわけではありません。
電話番号を入力するための配列として研究され、標準化されてきたものなのです。
ここで大切なのは、「一つの実験だけで現在の配列に決まった」と単純化しないことです。
電話の数字配列には長い標準化の歴史があります。現在確認できるITU-Tの勧告から言えるのは、この配置が標準として採用され、使いやすさについても研究上の裏付けが示されているところまでです。
日本で押しボタン電話が登場したのは1969年
日本でも、もともと電話はダイヤルを回して番号を入力するものでした。
NTT東日本の年表によると、日本では1969年5月17日に押しボタン電話機の販売が始まり、翌1970年4月に「プッシュホン」と命名されています。
今では電話番号をボタンで入力することに何の違和感もありませんが、当時はそれ自体が新しい操作方法でした。
計算機には計算機の数字配列があり、電話には電話として使いやすい数字配列が作られる。
その結果、
電話 1が上
電卓 1が下
という二つの「当たり前」が生まれたわけです。
なぜ今まで同じ並びに統一されなかった?
ここまで来ると、別の疑問も浮かびます。
どちらか使いやすいほうに統一すればいいのではないでしょうか。
しかし、一度広く定着した操作方法を変えるのは簡単ではありません。
たとえば、パソコンのテンキーが明日から突然、
1 2 3
4 5 6
7 8 9
という電話型になったらどうでしょう。
数字を大量に入力する仕事をしている人ほど、かえって使いにくくなるはずです。
逆に、スマートフォンの電話画面が突然、
7 8 9
4 5 6
1 2 3
になっても、多くの人が違和感を覚えるでしょう。
私たちは数字そのものだけではなく、数字がどこにあるかまで含めて操作を覚えているからです。
どちらが理論上優れているかだけではなく、「みんながすでに慣れている」ということ自体が、使いやすさになります。
スマホの中にも、昔の道具の歴史が残っている
さらに面白いのは、電卓も電話も、今では物理的なボタンを必要としなくなったことです。
スマートフォンなら、画面上の数字は好きな場所に表示できます。
技術的には電話と電卓を同じ配列にすることもできるでしょう。
それでも電話アプリでは1が上にあり、電卓アプリでは1が下にあります。
つまり私たちは最新のスマートフォンを使いながら、その画面の中では、昔の電話と計算機から続いてきた二つの操作文化を使い分けていることになります。
似た例として、保存ボタンにフロッピーディスクの形が今も使われていることがあります。
実物を使ったことがない世代が増えても、「この形は保存」という意味だけは残っています。
道具そのものが変わっても、人が一度覚えた操作や記号は意外なほど長く生き残るものです。
電話と電卓の数字配列が逆なのも、単なる数字の並べ方の違いではありません。
用途の違う二つの道具が、それぞれ別の歴史を歩んできた痕跡なのです。
スマホで電話をかけたあとに電卓を開いたら、数字の位置を見比べてみてください。
いつも何気なく押している9個の数字にも、道具の歴史が残っています。
参考文献
- CASIO「電卓(でんたく)のしくみ」 CASIO公式ページ
- ITU-T Recommendation E.161「Arrangement of digits, letters and symbols on telephones and other devices that can be used for gaining access to a telephone network」 ITU公式ページ
