がんの治療中と聞くと、できるだけ体を休めたほうがよさそうに思える。
薬物療法や放射線治療で体力を消耗しているなら、なおさらだ。それなのに現在のがん医療では、治療中や治療後に体を動かすことも重要だと考えられている。
もちろん、無理をして運動すればよいという話ではない。
興味深いのは、休むことで体力を温存するという直感が、場合によっては逆方向に働くところにある。
休み続けると、かえって疲れやすくなる
がんそのものや治療の影響でだるさが出れば、自然と活動量は減っていく。
ところが動かない状態が続くと、筋肉が減り、筋力や身体機能も低下する。以前なら普通にできていたことにも多くのエネルギーが必要になり、さらに疲れやすくなる。
治療で疲れる → 動かなくなる → 体力が落ちる → もっと疲れやすくなる。
国立がん研究センターの「がんとリハビリテーション医療」でも、このような悪循環を防ぐために運動によるリハビリテーションと栄養管理が重要だと説明されている。身体機能が高まれば、同じ動作でも必要なエネルギーが少なくなり、疲れにくくなることが期待できる。
ここが少し意外なところだ。
疲れているときに休むこと自体は当然必要だ。しかし長い間ほとんど動かなければ、今度は「動かないこと」が体力低下を招き、それが新たな疲れやすさにつながる。
がん治療中に運動が注目される大きな理由は、運動でがんを直接攻撃するからではなく、まず治療を受ける身体そのものが弱っていくのを防ぐためなのだ。
どのくらい運動するのか
国立がん研究センターが理想的な目安として示しているのは、週150分以上の中等度の有酸素運動と、週2〜3日の筋力トレーニングやストレッチだ。
週150分なら、単純に分ければ30分を週5日ほどになる。中等度の有酸素運動には早歩きでの散歩などがある。
ただし、これは治療中の人が最初から達成すべきノルマではない。同センターも、特に治療中は体調を見ながら「少し物足りない」程度から始め、無理をせず続けるよう案内している。
つまり大切なのは、激しいトレーニングをすることではない。体の状態に合わせながら、必要以上に活動量を落とさないことにある。
そして、ここまでは主に治療による体力低下や生活の質をどう保つかという話だ。
近年はさらに一歩進んで、運動とがんの再発や生存との関係まで研究されるようになっている。
結腸がんでは再発や生存との関係も研究されている
ただし、「運動すると再発しにくくなる」という話を、すべてのがんや治療中の患者にそのまま当てはめることはできない。
大きく注目されたのが、2025年に発表されたCHALLENGE試験だ。
対象となったのは、手術を受け、さらに術後補助化学療法を終えたステージIIIまたは高リスクのステージIIの結腸がん患者だった。つまり、抗がん剤治療の真っただ中にいる患者を対象とした研究ではない。
889人を、3年間にわたって行動支援を受けながら有酸素運動を続けるグループと、健康教育資料を受け取るグループに分けて比較した。
5年時点の無病生存率は運動グループが80.3%、健康教育グループが73.9%。8年時点の全生存率は、それぞれ90.3%と83.2%だった。
単に「よく運動する人ほど長生きしていた」と観察した研究ではなく、参加者を無作為に分けて運動プログラムを行ったランダム化比較試験で違いが確認されたところに、この研究の大きな意味がある。
一方で「なぜ運動によって差が生まれたのか」は、まだ完全には分かっていない。
この試験では体重や腹囲に大きな変化は見られなかった。国立健康危機管理研究機構の解説では、代謝に関わる因子や免疫機能の改善などが関係している可能性が指摘されている。
つまり「運動して痩せたから予後がよくなった」という単純な話でもなさそうなのだ。
また、運動なら多いほどよいわけでもない。
CHALLENGE試験では筋肉や関節などに関する有害事象が運動グループで18.5%、健康教育グループで11.5%と、運動グループのほうが多かった。運動にはメリットが期待できる一方、体力や身体の状態に応じて内容を調整する必要もある。
そして、この研究だけを根拠に「運動すればどんながんでも再発を防げる」と考えることもできない。
運動は手術や薬物療法などの標準治療に置き換わるものではない。標準治療を土台として身体機能や生活の質を保ち、条件によっては長期的な予後にも関係する可能性が研究されている、補助的な取り組みと考えるのが適切だろう。
「病気なのだから、なるべく動かず休む」。
もちろん休養が必要なときはある。しかし現在のがん医療では、それだけではなく、休むべきときには休み、動ける状態なら適切に動くという考え方が重視されるようになっている。
何気ない「歩く」「体を動かす」という行為が、体力を保つだけでなく、がんの予後との関係まで臨床試験で調べられるようになった。
そう考えると、運動というものの見え方もちょっと変わってくる。
※がん治療中に適した運動は、がんの種類や治療内容、手術後の経過、体調などによって異なる。発熱など体を休めるべき状態もあり、骨転移などでは運動方法への配慮も必要になる。実際に治療中に運動を始めたり運動量を増やしたりする場合は、担当医や看護師、リハビリテーションスタッフに自分の場合はどの程度動いてよいのか確認したい。
参考資料
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がんとリハビリテーション医療」
がんとリハビリテーション医療 - 国立健康危機管理研究機構 糖尿病情報センター「術後補助化学療法後の構造化された運動介入と結腸癌患者の予後改善」
術後補助化学療法後の構造化された運動介入と結腸癌患者の予後改善
