会社員として働いていると、ある日突然、別の支店や地域への転勤を命じられることがあります。
仕事が変わるだけならまだしも、東京から大阪、大阪から福岡となれば、住む場所まで変わります。家族がいれば、配偶者の仕事や子どもの学校にも影響します。
考えてみると、会社が社員の住む場所まで大きく変えるのは、かなり特殊な仕組みです。
それでも日本企業、とくに全国に拠点を持つ大企業の総合職では、転勤が長く行われてきました。
なぜなのでしょうか。
背景にあるのは、単なる欠員補充ではありません。人を一つの仕事に固定するのではなく、会社の中で動かしながら育て、必要な場所へ配置するという日本企業の人事の仕組みと、転勤の相性がよかったからです。
日本企業ではどのくらい転勤がある?
もちろん、日本の会社員全員が転勤するわけではありません。
地域密着型の会社や、一つの地域にしか事業所がない企業では、そもそも転勤先がほとんどありません。
転勤が多くなりやすいのは、全国に本社・支社・営業所・工場などを持ち、総合職をまとめて管理している企業です。
労働政策研究・研修機構(JILPT)が企業を対象に行った調査では、正社員(総合職)の転居を伴う配置転換について、
- ほとんどが転勤する可能性がある:33.7%
- 転勤する人の範囲は限られている:27.5%
- 転勤はほとんどない:27.1%
という結果でした。
さらに、企業規模が大きくなるほど「ほとんどが転勤する可能性がある」とする割合も高くなっています。
つまり、「日本企業はどこでも転勤が多い」というより、全国に拠点を持つ大企業の総合職で、転勤が生まれやすいと考える方が実態に近いでしょう。
転勤は人材育成と人員配置を兼ねた仕組みだった
では、なぜ会社はわざわざ社員を別の地域へ動かすのでしょうか。
JILPTの調査で、企業が転勤を行う目的として最も多かったのは**「社員の人材育成」66.4%**でした。
ただし、転勤の目的はそれだけではありません。
たとえば、
- 社員を適材適所に配置する
- 人事ローテーションを行う
- 幹部候補を育てる
- 新しい拠点や事業へ経験者を送り込む
- 拠点同士の連携を強める
といった役割もあります。
転勤というと、誰かが辞めた支店へ人を補充するといったイメージもあります。
しかし企業側から見ると、もっと長期的な人材配置の意味もあります。
たとえば、本社で企画を経験した社員を地方支店へ送り、その後、大きな支店で管理職を経験させる。こうした異動を重ねれば、一つの部署だけで働くより、会社全体の仕組みを理解しやすくなります。
つまり転勤は、必要な場所へ人を配置すると同時に、人を育てる仕組みでもあったのです。
なぜ現地採用だけでは対応しないのか
ここで、もう一つ疑問が出てきます。
大阪支店で人が必要なら大阪で採用し、福岡支店で必要なら福岡で採用すれば、わざわざ社員を引っ越させなくてもよさそうです。
実際には、多くの企業が現地採用と社内異動を組み合わせています。
それでも転勤が使われるのは、すでにその会社で働いている社員を動かすことにも利点があるからです。
| 転勤・社内異動 | 現地採用 | |
|---|---|---|
| 強み | 経験者を必要な場所へ配置しやすい | 地域に定着しやすい |
| 会社への理解 | 業務や社内ルールをすでに知っている | 入社後に覚える必要がある |
| 新拠点への対応 | 経験者を送り込みやすい | 採用・育成に時間がかかることがある |
| 課題 | 本人や家族の生活への負担が大きい | 必要な経験を持つ人を採用できるとは限らない |
たとえば新しい支店を開くとき、全員をその地域で新しく採用するより、本社や既存支店から経験者を数人送り込んだ方が立ち上げやすいことがあります。
会社のやり方を知る社員が各地を行き来すれば、拠点ごとの仕事の進め方が大きくバラバラになるのを防ぐことにもつながります。
必要な場所に、必要な経験を持つ人を動かせる。
全国に多くの拠点を持つ企業にとって、転勤にはこうした合理性がありました。
転勤が多い背景には日本型の雇用がある
さらに掘り下げると、転勤は日本企業の採用や人材育成の仕組みともつながっています。
日本では長く、新卒者をまとめて採用し、その後に会社が配属先を決める方式が広く使われてきました。
最初から「東京支店でこの仕事だけをする人」として採用するよりも、まず会社の総合職として採用し、入社後に営業・企画・管理などを経験させていく形です。
こうした働き方は、しばしば「メンバーシップ型雇用」と呼ばれます。
少し難しい言葉ですが、考え方はシンプルです。
仕事に人を付けるというより、まず人を会社に入れ、その後で仕事を割り当てる。
この仕組みなら、
入社する
↓
営業に配属される
↓
別の部署へ異動する
↓
別の支店へ転勤する
↓
管理職になる
というキャリアも自然につながります。
仕事を変えるのと同じ人事異動の延長線上に、勤務地の変更もあったわけです。
新卒一括採用、総合職、人事異動、転勤は、それぞれ別々の慣習に見えます。
しかし実際には、会社の中で長い時間をかけて人を育て、必要に応じて配置を変えるという一つの考え方から生まれた仕組みとして見ることができます。
「全国転勤が当たり前」という前提は変わりつつある
一方、この仕組みには大きな弱点があります。
会社にとって人を柔軟に配置できることは便利でも、社員にとって勤務地は生活そのものだからです。
共働きであれば配偶者の仕事があります。子どもがいれば学校があります。親の介護などで、簡単には地域を離れられない人もいます。
そのため現在では、すべての社員を全国転勤の対象にするのではなく、勤務地を限定する働き方も選択肢の一つになっています。
厚生労働省が案内している「勤務地限定正社員」もその一つです。
勤務地限定正社員には、働く地域を一定の範囲に限ったり、転居を伴う転勤をなくしたりする形があります。
つまり、
正社員=全国どこへでも転勤する可能性がある
という形だけではなくなってきているのです。
もちろん、全国に拠点を持つ企業から転勤そのものがなくなるとは限りません。
新しい事業を立ち上げたり、管理職や経験者を別の拠点へ配置したりするために、人が地域をまたいで動く必要はこれからもあるでしょう。
変わりつつあるのは、総合職なら全国転勤を当然に受け入れるという前提の方です。
転勤を見ると、日本企業の仕組みが見えてくる
日本企業に転勤が多かったのは、単に「昔からそうしてきたから」ではありません。
新卒で人を採り、社内で育て、いろいろな仕事や地域を経験させながら、長期的に人を配置していく。
その仕組みの中では、転勤にも企業側の合理性がありました。
だからこそ、転勤だけを見ると少し不思議に感じても、新卒一括採用や総合職、人事異動まで含めて見ると、一つの仕組みとしてつながってきます。
一方で、共働きや家族のあり方が変われば、会社の都合だけで勤務地を決める仕組みは維持しにくくなります。
転勤のあり方が変わっているのは、日本の会社と社員の関係そのものが変わり始めているからなのかもしれません。
参考文献
