家に帰ると、玄関で靴を脱いで、一段上がって室内へ入ります。
毎日のことなので気にも留めませんが、考えてみると少し不思議です。
なぜ玄関と室内は、同じ高さではないのでしょうか。
靴を脱ぐ場所だから、と考えれば納得できそうです。ただ、それなら床材を変えたり、境目をつけたりするだけでもよさそうです。
実はあの段差には、床を地面から離してつくる家の構造と、土間と床上を使い分けてきた暮らしが関係しています。
さらに、そこへ室内では履物を脱ぐ習慣が重なりました。
いつもの玄関の一段をたどっていくと、日本の家が「地面」「外」「室内」をどう分けてきたのかが見えてきます。
玄関が低いというより、室内の床が地面から離れている
玄関を見ると、玄関部分だけが低くつくられているように感じます。
けれど家の構造から見ると、もう少し違った見方ができます。
人が生活する床を地面から離してつくるため、地面に近い玄関土間との間に高さの差が生まれるのです。
では、なぜ床を地面から離すのでしょうか。
理由の一つが、地面から伝わる湿気や水分への対策です。
木造住宅では、床下が湿った状態になると、土台や床を支える木材が傷みやすくなります。そのため、床下に空間を確保し、換気をしたり、地面から上がる湿気を防いだりする考え方が重視されてきました。
現代の住宅では、防湿コンクリートや防湿シートなどを使う方法もあり、「床下に風を通せばよい」という単純な話ではありません。
それでも、生活する床を地面の影響から離すという発想そのものは、家を長く使うための基本的な工夫の一つです。
もちろん、床を高くする理由が湿気だけというわけでもありません。
雨水や泥が入りにくくなることや、土地の条件、基礎のつくりなど、さまざまな要因が関係します。
玄関の段差は、そうした家の構造の中で生まれた高低差でもあるのです。
昔の家では「土間」と「床上」がもっとはっきり分かれていた
現在の住宅では、玄関の土間は数足の靴を置く程度の小さな空間であることが多いでしょう。
ところが昔の民家では、家の入口側にもっと広い土間を持つ家がありました。
土間では、炊事をしたり、農作業に関係するものを扱ったり、人や物が出入りしたりします。
その一方で、板や畳を敷いた床上の空間では、座ったり、食事をしたり、眠ったりする。
つまり一つの家の中に、
地面に近い土間
と
一段高い床上の生活空間
が並んでいました。
現在の玄関を、昔の土間がそのまま小さくなったものと考えるのは単純すぎます。玄関という空間そのものも、住宅の形式や暮らし方とともに変化してきました。
ただ、履物を脱ぎ、土間から床上へ移るという動作には、昔の住まいとのつながりを見ることができます。
玄関で一段上がるという行為は、今になって突然生まれたものではないのです。
では、海外の家は床を高くしないの?
ここで気になるのが海外です。
日本の住宅だけが、床を地面から離しているのでしょうか。
答えは、そうではありません。
床を地面から離す構造自体は、日本特有のものではありません。
海外にも床下空間を持つ家がありますし、地下室の上に居室がある住宅もあります。
一方で、地面の上にコンクリートの床をつくる住宅もあります。
どんな構造が使われるかは、気候や地盤、建築方法、地域の住宅文化などによって変わります。
その意味では、「日本だけが床を高くしている」と考えるのは正確ではありません。
日本の玄関を特徴的に見せているのは、床の高さそのものよりも、その高低差が暮らしの境界としてはっきり使われていることなのかもしれません。
そこに「靴を脱ぐ習慣」が重なった
日本では、玄関で履物を脱いでから室内へ入ります。
外を歩いた靴で立つ場所と、座ったり寝たりする床上の空間がはっきり分かれています。
土間と床上を分ける住宅の構成と、室内では履物を脱ぐ生活習慣は、長い時間の中で結び付いてきました。
どちらか一方だけが原因になって、現在の玄関ができたと考えるのは難しいでしょう。
ただ、その二つが組み合わさったことで、玄関の段差が外と内を切り替える分かりやすい境界になったとは考えられます。
玄関土間と床上の境目に取り付けられる部材は、「上がり框(あがりかまち)」と呼ばれます。
名前のとおり、私たちはそこで一段「上がって」室内へ入ります。
ただ高さが変わるだけではありません。
外から内へ。
靴から素足へ。
移動する場所から、くつろぐ場所へ。
一段またぐことで、生活のモードまで切り替わります。
これほど「境界」が動作としてわかりやすい場所は、家の中でも珍しいかもしれません。
玄関の一段には、家と暮らしの両方が表れている
玄関の段差は、ただ靴を脱ぐためにつくられたものではありません。
その背景には、床を地面から離す建物のつくりがあり、土間と床上を使い分けてきた暮らしがあります。
そして、そこに室内では履物を脱ぐ習慣が重なりました。
床を地面から離す家は海外にもあります。
それでも日本の玄関の段差がこれほど印象的なのは、建物の高低差が、そのまま「外」と「内」の境界として使われているからなのでしょう。
毎日何気なくまたいでいる玄関の一段。
よく見てみると、そこには日本の家が地面とどう付き合い、外と室内をどう分けてきたのかが、今も小さく残っています。
参考文献
