なぜパジェロは2026年に復活したのか|一度消えた名車が戻れた理由

三菱自動車は2026年9月2日、新型「パジェロ」を世界初披露した。日本仕様は2019年に生産を終えており、国内では7年ぶりの復活となる。2026年度は生産拠点であるタイを皮切りに、日本、オーストラリアへ投入される予定である。

不思議なのは、パジェロが単にモデルチェンジを休んでいたわけではないことだ。日本向けは2019年、海外向けも2021年に生産を終了し、長年パジェロを作ってきた岐阜県の工場まで閉鎖された。

そこまでして一度終わらせた車を、なぜ数年後に復活させたのか。

理由を追っていくと、パジェロが急に売れる車になったというより、三菱が「パジェロを無理なく作れる仕組み」を整えたから復活できたという構図が見えてくる。

目次

SUV人気の中でなぜパジェロは消えたのか

パジェロは1990年代のRVブームを象徴する一台である。1982年に初代が登場し、2代目が発売された1990年代には大ヒット。「四駆といえばパジェロ」というほど存在感のある車になった。

最後の4代目は2006年に登場した。国内向け生産を終えた2019年には13年目に入り、モデルとしてかなり長寿になっていた。

しかもSUVそのものが売れなくなっていたわけではない。むしろSUV人気が高まっていた時期に、パジェロの国内販売は年間1000台を大きく下回る水準まで落ち込んでいた。

そこに重なったのが安全基準への対応である。2019年当時は歩行者保護基準の強化に対応するための改良が必要になる一方、販売台数は大きく減っていた。販売の少ない旧型車に追加の開発費をかけることが難しくなったことが、国内向け生産終了の背景にあったと報じられている。

パジェロそのものに需要がなくなったというより、売れる台数に対して、古いパジェロを維持するための負担が大きくなりすぎたのである。

パジェロだけでなく工場まで閉鎖した理由

国内向けの生産は2019年に終わったが、海外向けはその後も続いた。しかし2021年には海外向けも終了し、パジェロはいったん完全に姿を消した。

三菱自動車は岐阜県坂祝町にあったパジェロ製造の本社工場も閉鎖している。2020年7月に生産停止と工場閉鎖を決定し、2021年8月に閉鎖した。三菱自動車はこれを「適正な生産体制確立」を目的とした構造改革の一環と説明している。

車名を休止するだけなら、数年後の復活も想像しやすい。パジェロの場合は長年その車を作ってきた生産拠点までなくなった。

当時の三菱に必要だったのは過去の看板車を残すことではなく、会社の規模に合った生産体制へ整理することだったのである。

パジェロが消れている間に新しい土台ができた

大きな転換点となったのが2023年に登場した新型トライトンである。

トライトンは三菱の世界戦略ピックアップトラックだ。この世代ではラダーフレーム、シャシー、エンジンなどが新たに開発され、ラダーフレームは約20年ぶりに一から刷新された。

その3年後に登場した新型パジェロは、このトライトンのラダーフレームをベースにしている。

もちろんトライトンをそのままSUVにしたわけではない。パジェロ用に改良を加え、キャビンや前後サスペンションなどは専用開発されている。それでも車の骨格となる重要な技術資産を共有できる意味は大きい。

時系列で見ると、復活までの流れが分かりやすい。

2019年 国内向けパジェロ終了
↓
2021年 海外向けも終了し旧生産体制を整理
↓
2023年 新型トライトンで新世代のラダーフレームを開発
↓
2026年 その技術資産を生かしてパジェロ復活

2019年と2026年では、同じパジェロでも作り方が違うのである。

旧パジェロ末期2026年の新型パジェロ
2006年登場のモデルを改良しながら維持新世代の商品として開発
販売の少ない旧型への追加投資が必要トライトンのラダーフレームを活用
岐阜県のパジェロ製造で生産タイを生産拠点として展開
車種や生産体制を整理する時期オフロード商品群へ重点投資する時期

基本部分を共用すれば、パジェロだけのためにすべてを新規開発する場合より開発や調達を効率化しやすい。

実際、三菱自動車は2026年に発表した中長期ビジョンで、部品やコンポーネントの共用を進め、生産能力や固定費構造を見直して損益分岐点を最適化する方針を示している。新型パジェロの成り立ちは、こうした会社全体の方向性とも重なっている。

日本で大ヒットしなくても世界で売れる

新旧パジェロでもう一つ違うのが、現在の三菱が進める世界戦略との組み合わせである。

新型パジェロは2026年度にタイ、日本、オーストラリアへ投入され、次年度以降はASEAN、中南米、中東など世界約100カ国へ順次展開される計画だ。

旧パジェロも決して日本専用車ではない。歴代モデルは世界170以上の国と地域で販売されてきた。

新型で重要なのは、現在の三菱が力を入れようとしている地域と商品の方向性にパジェロがきれいにはまることである。

三菱は2026年の中長期ビジョンで、自社の開発リソースを「アセアン商品群」と「オフロード商品群」に集中する方針を示した。中東や中南米も、三菱ブランドの強みを生かして成長させる市場に位置づけている。

パジェロは悪路走破性や耐久性を強みにできるオフロード商品であり、タイで生産してASEAN、オーストラリア、中東、中南米へ広げられる。日本で何台売れるかだけに左右されにくいグローバル商品として展開できるのである。

三菱は何でも自前で作ることをやめた

パジェロ復活の背景には、三菱の商品戦略そのものの変化もある。

現在の三菱はあらゆる車種を自社だけで開発し、すべての市場で他社と正面から競争しようとしているわけではない。アセアン商品群とオフロード商品群には自社の経営資源を集中し、それ以外ではアライアンスや協業も利用してラインアップを補う方針である。

一般的なコンパクトカーや都市型SUVでは、トヨタ、ホンダ、日産だけでなく韓国メーカーや中国メーカーとも競わなければならない。その中で規模の小さい三菱が幅広い商品を自前でそろえ続けるより、自社ならではの強みが出る分野へ資源を集めるほうが合理的である。

そこで価値を持つのがパジェロだ。

三菱には長年培ってきた4WD技術があり、パジェロはダカールラリーで通算12勝を挙げている。世界170以上の国と地域で販売されてきた歴史もあり、「パジェロ」という名前自体が三菱のオフロード車を象徴するブランド資産になっている。

新しいブランドを一から育てるのではなく、すでに持っている強みをもう一度事業の中心へ戻せる。三菱は新型パジェロを新世代のフラッグシップと位置づけ、今後は「パジェロ」シリーズとして展開する方針も示している。

2019年の終了と2026年の復活は矛盾していない

2019年にパジェロを終わらせた判断と、2026年に復活させた判断は正反対に見える。

当時は販売が減った古いパジェロへさらに投資するより、生産体制を整理することが合理的だった。その後、新型トライトンで新しい骨格を開発し、タイを生産拠点として世界へ展開する仕組みを整え、会社の経営資源もオフロード商品へ集中する方向へ変わった。

パジェロが突然、何もしなくても売れる車になったわけではない。三菱が「パジェロを無理なく作れる仕組み」を整えたうえで、自社の強みを象徴する車としてもう一度必要になったのである。

そう考えると今回の復活は、懐かしい名車が帰ってきたというだけではない。一度は工場まで閉じてパジェロを終わらせた三菱が「自分たちは何で勝つ会社なのか」を考え直し、その答えの一つとして再びパジェロを選んだと見ることができる。


参考資料

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