「本当」「本物」「真実」「事実」は何が違う?似ている4つの言葉を整理する

「本当」「本物」「事実」「真実」は、どれも「嘘ではないこと」や「実際のこと」に関係する言葉だ。それでも、一つの出来事に当てはめてみると、見ている場所が違う。

彼が高級時計を買ったという話は本当だった。

実際に3月1日に店で購入していた。これは事実だ。

その時計を鑑定してもらうと、偽物ではなく本物だった。

ただ、彼がなぜ突然その時計を買ったのか。実際のところ何があったのか、その真実は分からない。

本当は話や認識が現実と合っていること、事実は実際に起きたことや実際にそうであること、本物は偽物ではないもの。そして真実は、「実際のところどうなのか」という本当の姿を指す。

目次

「本当」「本物」「真実」「事実」の違い

4語を簡単に並べると、次のようになる。

言葉主に表すもの例
本当話や認識が現実と合っていること「彼が時計を買ったって本当?」
事実実際に起きたこと、実際にそうであること「3月1日に購入したのは事実だ」
本物偽物や模造品ではないもの「この時計は本物だ」
真実実際のところどうなのかという本当の姿「事件の真実を知りたい」

似ているのは、どれも「偽りではないもの」を表せるからだ。

違いが出るのは、何について話しているか。「その話は正しいのか」「実際に何が起きたのか」「目の前のものは偽物ではないか」「本当のところはどうなのか」で、自然に選ばれる言葉が変わる。

4つの言葉が見ているもの

「本当」は話から気持ちまで広く使える

「明日は休みって本当?」

この場合に確かめたいのは、聞いた情報が正しいかどうかだ。「彼が時計を買ったという話は本当だった」も同じで、時計そのものではなく、「買ったらしい」という話と現実が一致している。

ただ、「本当」は情報の真偽だけに使う言葉ではない。

「本当においしい」
「本当は行きたくなかった」
「本当の気持ちを話す」

こうした使い方では、「実際に」「偽りなく」「建前ではなく」といった意味になる。

4語の中でも「本当」はかなり守備範囲が広い。日常会話で「それ、本当?」が頻繁に使われるのも、そのためだ。

「事実」は実際に起きたことを指す

「彼が時計を買ったらしい」と誰かから聞いただけなら、まだ伝聞である。購入記録などから実際に3月1日に買っていたと分かれば、「3月1日に時計を買った」という事実があることになる。

事実には、人がどう感じたかとは別に、実際に起きた出来事や状態という意味がある。

たとえば、「Aさんは会議で一度も発言しない」ことが実際にあったとする。

ここから「Aさんは仕事にやる気がない」と判断することはできるかもしれないが、後者は事実そのものではない。体調が悪かった、発言する機会がなかった、聞き役に回っていたなど、別の説明もあり得る。

「何が起きたか」と「それをどう解釈するか」は、同じではない。

この区別は、「事実確認」という言葉にも表れている。まず実際に何があったのかを確かめ、その意味を考えるのはその後になる。

「本物」は対象そのものを見る

「本物」は、4語の中では違いがつかみやすい。

「この高級時計は本物か」と尋ねるとき、確かめたいのは話の正しさではなく、時計そのものだ。正規の製品なのか、よくできた偽物なのかを問題にしている。

宝石、絵画、ブランド品、サインなどでも同じ使い方をする。

少し意味が広がるのが、「本物のプロ」「本物の天才」といった表現だ。この場合は偽物が存在するという話ではなく、その名にふさわしい実力や性質を備えている、という評価になる。

「真実」は本当のところを指す

「真実」は、4つの中では境界が少し曖昧だ。

「事件の真実を知りたい」と言うとき、知りたいのは単なる動機だけとは限らない。

誰が何をしたのか。これまで伝えられていた話は正しかったのか。表に出ていなかった事情があったのか。なぜそうなったのか。

それらを含めて、実際のところどうだったのかを指す言葉として「真実」が使われる。

冒頭の時計なら、「3月1日に時計を買った」という事実は分かっている。それでも、その購入をめぐる事情については、まだ分からないことがある。

だから「真実」は、ときに事実よりも広い範囲を指す。

ただし、「真実=隠された事情」という意味ではない。

たとえば、ある事件で「犯人だと思われていた人物は実際には犯人ではなかった」と分かった場合、その新しい事実関係も含めて「事件の真実が明らかになった」と表現できる。

「事実」と「真実」はどこが違うのか

特に迷いやすいのが「事実」と「真実」だ。

二人が午後8時に言い争っている場面が防犯カメラに残っていたとする。

「午後8時に二人が言い争った」

これは実際に起きた出来事として、事実と呼べる。

では、二人のうち片方が「相手が突然怒り出した」と話し、もう一人が「先に侮辱されたから怒った」と話していたらどうだろう。

ここから知りたくなるのは、

「実際にはどちらが先だったのか」
「それ以前に何があったのか」
「二人の説明のどこまでが正しいのか」

といったことである。

個々に確認できる事実を集め、それらをつなげていくことで、「実際のところ何があったのか」が見えてくる。

その意味では、事実は真実を知るための材料にもなる。

とはいえ、事実をすべて集めれば必ず一つの真実にたどり着くとも限らない。人の気持ちや意図が関わる出来事では、本人にしか分からない部分もある。

だから「事実は判明したが、真実は分からない」という言い方も成り立つ。

一枚の絵に4語を当てはめる

もう一つ、別の場面で考えてみよう。

ある日「有名画家の絵が古い倉庫から見つかった」というニュースが流れた。

実際に倉庫から絵が発見されていたなら、「絵が見つかった」という話は本当だったことになる。

倉庫から一枚の絵が発見されたこと自体は事実だ。

その後の鑑定で、その画家本人が描いた作品だと確認されれば、その絵は本物になる。

では、なぜその絵は何十年も倉庫に置かれていたのか。誰が所有していたのか。当時伝えられていた来歴は正しかったのか。そこまで調べ始めると、関心は作品の真贋から、その絵をめぐる真実へ移っていく。

同じ出来事について話していても、選ぶ言葉によって焦点が動く。

言葉を替えると見えるものも変わる

「彼が時計を買ったのは本当だ」と「彼が時計を買ったのは事実だ」は、意味がかなり近い。

それでも前者には「その話は本当だった」という響きがあり、後者には「実際に起きた出来事としてそうである」という響きがある。

「本物の時計」と言えば、視線は時計そのものへ向かう。「その出来事の真実」と言えば、今分かっている事実だけでなく、「実際のところどうだったのか」まで知りたくなる。

普段は無意識に使い分けている4つの言葉だが、置き換えてみると、文章がどこを見ているのかまで変わってくる。

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