「御社様」は間違い?「御社」で十分な理由と、丁寧すぎる敬語が生まれる背景

仕事の電話や商談で、ときどき耳にする「御社様」という言葉。

「御社様では、どのようにお考えでしょうか」
「先日は御社様にお伺いしまして……」

相手を丁寧に扱おうとしていることは伝わります。それでも、どこか引っかかる表現です。

結論からいえば、通常のビジネス場面では「御社」だけで十分です。「御社」には、もともと相手の会社を敬う意味が含まれているため、「様」まで付ける必要はありません。

ただし、「御社様は間違った日本語」とだけ覚えてしまうと、敬語の実際の姿は少し見えにくくなります。

なぜ、必要のない「様」をわざわざ足してしまうのでしょうか。また、基本的な使い方と違えば、すべて「誤り」と考えるべきなのでしょうか。

調べてみると、「御社様」という一つの言葉から、日本語の敬語が単純な正誤だけでは割り切れないことが見えてきます。

目次

「御社様」は避けるのが無難。「御社」で十分

「御社」は、単に「あなたの会社」を言い換えた言葉ではありません。

小学館『デジタル大辞泉』では、「御社」を相手を敬って、その人が属する会社などをいう語と説明しています。

つまり、

御社ではどのようにお考えですか

で、すでに相手への敬意は表されています。

そこにさらに「様」を加えて「御社様」としても、意味が通じなくなるわけではありません。しかし、標準的なビジネス表現としては敬意を重ねすぎた印象になりやすいため、あえて使う必要はなく、「御社」とするのが無難です。

書き言葉でよく使われる「貴社」も、相手の会社を敬っていう表現なので、基本的に「貴社様」とする必要はありません。

「御社様」は二重敬語なのか

「御社様」について調べると、「二重敬語だから間違い」と説明されていることがあります。

ただ、ここは少し慎重に考えたほうがよさそうです。

文化庁の『敬語の指針』では、二重敬語を「一つの語について、同じ種類の敬語を二重に使ったもの」としています。代表的な例が「お読みになられる」です。

「読む」を「お読みになる」という尊敬語にしたうえで、さらに尊敬を表す「れる」を加えているためです。

一方、「御社様」は、この典型例とまったく同じ構造ではありません。「御社」という相手の会社を敬っていう語に、「様」という敬称を加えています。

そのため、文化庁が示す典型的な二重敬語と同じものとして単純に分類するより、

「御社」の時点で敬意が表されているため、通常はさらに「様」を付ける必要がない

と理解するほうが実用的で、誤解もありません。

なぜ「御社」だけでは物足りなく感じるのか

では、必要がないのに、なぜ「御社様」と言いたくなるのでしょうか。

一つの理由として考えられるのが、言葉の中にすでに含まれている敬意は見えにくいことです。

「会社」を「御社」に変えても、「御」という一文字がどの程度の敬意を担っているのかを、会話のたびに意識する人は少ないでしょう。

それに対して、「様」はとても分かりやすい敬称です。

田中さんより田中様、お客よりお客様。「様」が付けば、言葉が一段丁寧になったように感じられます。

すると、

「御社」だけでは少し素っ気ない気がする。相手は取引先なのだから、失礼にしたくない。念のため「様」も付けておこう。

そんな流れで「御社様」が生まれても不思議ではありません。

これは単なる推測だけでもありません。

文化審議会国語分科会の「分かり合うための言語コミュニケーション」では、過剰に丁寧な言い方が生まれる背景として、丁寧にしておかないと非難されるのではないかという心配や、とりあえず丁寧に言っておいたほうが安心できるという意識があるとの指摘が紹介されています。

つまり、敬語を知らないから丁寧すぎる表現になるとは限りません。

むしろ、失礼を避けようとする意識が強いからこそ、必要以上に敬語を足してしまうこともあるのです。

「御社様」に少し面白さがあるとすれば、この点でしょう。

「営業部様」にも似たことが起きる

同じような感覚は、「営業部様」「総務課様」といった表現にも見られます。

電話で部署につないでもらいたいのであれば、

営業部のご担当の方をお願いします

などとすれば自然です。

一方、郵便や改まった文書で部署そのものに送る場合は、

○○株式会社 営業部 御中

とするのが基本です。

担当者が分かっているなら、

○○株式会社 営業部 田中様

のように、個人に「様」を付けます。

文化庁の2005年度「国語に関する世論調査」では、「○○株式会社の総務課に手紙やはがきを出すとき、あて名をどう書くのが一番多いか」という質問に対し、「○○株式会社総務課 御中」と答えた人が78.2%でした。

一方、「○○株式会社総務課 様」と答えた人も8.5%いました。

基本形として「御中」が広く共有されている一方で、実際には「様」を使う人も一定数いたわけです。

ここにも、「様を付けたほうが丁寧なのではないか」という感覚が表れているように見えます。

ただし、この調査はあくまで手紙やはがきの宛名について尋ねたものです。会話で「営業部様」と呼ぶことの適否を直接調べた結果ではありません。この二つは分けて考える必要があります。

「御社」が話し言葉として広がったのは意外と最近

「御社」という言葉自体の歴史も、少し意外です。

現在は一般に、「御社」は主に話し言葉、「貴社」は主に書き言葉で使われます。

背景にあるとされるのが、「貴社」の聞き分けにくさです。

「きしゃ」と発音すると、

貴社
記者
汽車
帰社

など、同じ音の言葉がいくつもあります。

文章なら漢字を見れば分かりますが、会話では区別できません。

『デジタル大辞泉』では、同音語が多く紛らわしい「貴社」に代わり、「御社」が主に話し言葉で使われ始めた時期について「1990年代初めころからか」と説明しています。

ただし、ここで注意したいのは、「御社」という言葉そのものが1990年代に生まれたわけではないことです。

同じコトバンクに収録されている『精選版 日本国語大辞典』には、会社を相手として「御社」と呼んだ1916年(大正5年)の用例が掲載されています。

つまり、「御社」という言葉は以前から存在していました。

その言葉が、1990年代ごろから「貴社」と対になる、話し言葉での呼び方として広く使われるようになった、と考えるほうが正確です。

いまでは就職活動の面接でも商談でも当たり前のように使われていますが、現在の「御社/貴社」という使い分けは、意外と新しい習慣なのです。

基本と違う言い方は、どこまで「間違い」なのか

ここで気になるのが、「正しい敬語」の考え方です。

基本的な形と違っていたら、それだけで間違いなのでしょうか。

実際の日本語は、それほど単純ではありません。

文化庁の『敬語の指針』では、二重敬語は一般に適切ではないとしながら、「お召し上がりになる」「お見えになる」「お伺いする」など、習慣として定着しているものも挙げています。

たとえば「お伺いする」は、形式上は敬語が重なっています。それでも実際の日本語として定着しているため、一律に不適切な表現とはされていません。

さらに、二つ以上の語をそれぞれ敬語にして組み合わせる「敬語連結」についても、文化庁は、個々の敬語の使い方が適切で、意味的に不合理でなければ基本的に許容されると説明しています。

つまり、

敬語が重なっている=すべて誤り

ではありません。

一方で、

実際に使われている=標準的な使い方として勧められる

とも限りません。

この違いは、「御社様」を考えるときにも重要です。

「御社様」と言われても、何を意味しているのかは十分分かります。それだけで相手との関係が壊れるような表現でもないでしょう。

しかし、「御社」だけですでに敬意が表されている以上、正式な商談、面接、履歴書や重要な文書など、言葉遣いを見られやすい場面で、わざわざ「御社様」を選ぶ理由はありません。

基本を知ることと、基本から外れた表現を何でも「間違い」と断罪することは別です。

意味が通じるのか。
実際に使われているのか。
その場面で自然なのか。
標準的な表現として勧められるのか。

これらは、少しずつ違う問題です。

敬語は「足し算」ではない

「御社様」という表現をたどっていくと、結局のところ、敬語は単純な足し算ではないことが分かります。

「御」を付ける。
「様」を付ける。
尊敬語にする。
さらに丁寧な言葉を加える。

敬意を一つずつ足していけば、それだけ丁寧になるようにも思えます。

しかし、文化庁の『敬語の指針』が重視しているのは、単に敬語を増やすことではありません。相手との関係や場面を考え、適切な表現を選ぶことです。

また、「分かり合うための言語コミュニケーション」では、他人の言葉遣いについては寛容に受け止めつつ、自分自身は適切な言葉を使うよう努めるという考え方も示されています。

これは、「御社様」にも当てはめやすい考え方です。

自分が使うなら「御社」で十分。相手が「御社様」と言ったからといって、すぐに「敬語を知らない人だ」と決めつける必要もありません。

「御社様」は、相手を軽く扱った結果ではなく、むしろ失礼にしたくないという気持ちから生まれやすい表現だからです。

正しい形を覚えるだけなら、「御社様ではなく御社」で話は終わります。

でも、なぜ人は丁寧にしようとすると、言葉を足したくなるのか。

そこまで考えてみると、「御社様」という少し気になる言葉から、日本語の敬語が持つ難しさと面白さが見えてきます。

参考資料・出典

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