新卒一括採用が日本で定着した背景には、学校が同じ時期に卒業生を送り出す仕組みと、企業が未経験者を長期的に育てる雇用慣行の組み合わせがあります。
その原型は戦前に生まれ、戦後の高度経済成長期には、特に大企業を中心に長期雇用や企業内教育と結び付いて広がりました。
現在も、職業経験のない若者が正社員として働き始めやすいという利点があります。一方で、卒業時に就職できなかった人などが入りにくくなるという弱点もあります。
日本ではあまりにも当たり前になっている新卒一括採用ですが、なぜこの仕組みが生まれ、100年以上にわたって形を変えながら残ってきたのでしょうか。
新卒一括採用は「4月にまとめて入社する」だけではない
新卒一括採用とは、学校を卒業する予定の人を、企業が一定の時期にまとめて採用する仕組みです。
典型的なのは、
在学中に就職活動 → 内定 → 3月に卒業 → 4月に入社
という流れです。
特徴的なのは、単に入社日がそろっていることではありません。
多くの学生は、まだ十分な職業経験を持っていません。それでも企業は、現在持っている専門技能だけでなく、将来の成長可能性なども見ながら採用します。
入社後に研修やOJTを行い、仕事を覚えてもらう。総合職型の採用では、本人の適性や事業上の必要に応じて、その後の配属先が決まることもあります。
つまり新卒一括採用は、「完成した人材を採る」というより、「これから社内で育てる人材を採る」仕組みとして発達してきた面があります。
この特徴が、長期雇用や企業内教育と相性がよかったのです。
始まりは戦後ではなく、明治時代までさかのぼる
新卒一括採用というと、高度経済成長期につくられた制度のようにも思えます。
しかし、その原型はもっと古くからあります。
労働政策研究・研修機構(JILPT)の2025年の論考では、新卒一括採用が形づくられた時期を1890年代末から1920年代ごろと整理しています。
一つの起源として紹介されているのが1895年ごろです。
日本郵船や三井などの大企業が、大学卒業者を定期的に採用するようになりました。
背景には、
- 高等教育を受けて卒業する人が増えた
- 大企業が成長し、組織を運営する人材が必要になった
という変化がありました。
企業が大きくなれば、必要になるたびに個別に人を探すより、学校から毎年一定数の人材を採用する方が効率的です。
1910年代半ばごろには、三井物産で在学中の新卒者を一斉に採用し、その後に配属する方式が確立していたとされています。
現在の「まず企業に入社し、その後に配属される」という仕組みに近いものが、すでにこのころから見られたのです。
就職は「個人のコネ」から学校と企業の仕組みへ
採用方法そのものも変化していきました。
それ以前には、教授からの紹介や親族・知人などの縁故を頼って就職することも珍しくありませんでした。
しかし企業が大きくなり、採用人数が増えると、それだけでは安定して人材を集められません。
そこで企業と学校の関係が強くなっていきます。
JILPTの論考によると、学生の就職を支援する組織として、
- 1921年に早稲田大学
- 1924年に明治大学
- 1925年に日本大学
などが就職斡旋の部署を設置しました。
1934年には、事実上すべての大学・専門学校に就職斡旋の窓口が存在していたとされています。
さらに1928年には、企業と大学の間で採用活動の時期について申し合わせる「就職協定」も登場しました。
つまり、
企業が毎年人材を募集する
↓
学校が毎年卒業生を送り出す
↓
一定の時期に両者を結び付ける
という仕組みが少しずつ整っていったのです。
現在は就活サイトやオンライン面接が中心になりましたが、「卒業する学生と企業を一定の時期に結び付ける」という基本構造には長い歴史があります。
戦後の高度経済成長期に広く定着していった
新卒一括採用の原型は、すでに戦前に成立していました。
しかし戦後の高度経済成長期になると、長期雇用や企業内教育、配置転換などの雇用慣行と強く結び付き、より広い仕組みとして定着していきます。
特に大企業の正社員層を中心に、
- 長期雇用
- 年功的な処遇
- 配置転換
- OJTによる企業内教育
といった仕組みが発達しました。
こうした企業にとって、新卒者は相性のよい人材でした。
特定の仕事の経験者を採用するのではなく、卒業したばかりの若者を採用し、自社の仕事を教える。
その後、部署を異動しながら長い時間をかけて経験を積んでもらう。
この仕組みでは、採用時点で「今すぐこの仕事ができるか」だけを見る必要はありません。
むしろ、
これから学べるか、長期的に成長できるか
という可能性も重要になります。
新卒一括採用は、単独で存在していた制度というより、こうした雇用の仕組みと組み合わさることで広く普及していったと考えた方が分かりやすいでしょう。
今も残るのは、企業にも学生にも一定のメリットがあるから
もし新卒一括採用が単なる昔の慣習なら、とっくに大きく姿を消していても不思議ではありません。
それでも残っているのは、現在も企業と学生の双方に一定のメリットがあるからです。
厚生労働省の「青少年雇用対策基本方針」でも、新規学卒者の一括採用について、企業側と若者側の双方に合理性があると整理されています。
企業側には、たとえば次のような利点があります。
| 企業側のメリット | 具体的な理由 |
|---|---|
| 採用業務を集約できる | 募集・選考・入社手続きを一定期間にまとめやすい |
| 研修を効率化できる | 新入社員を対象に集合研修を行いやすい |
| 育成計画を立てやすい | 未経験者を前提にOJTや配置を設計できる |
| 人員計画を立てやすい | 年度単位で採用人数を見通しやすい |
一方、学生側にも大きなメリットがあります。
特に大きいのは、職業経験がなくても正社員採用に応募できることです。
経験者採用だけの市場なら、卒業したばかりの若者は「経験がないから採用されにくい」という問題に直面します。
新卒採用では、企業側も未経験であることを前提に募集します。
そのため、学校から仕事へ移るための大きな入口として機能してきました。
厚生労働省は、日本の若年失業率が国際的に見て低い水準にとどまってきた背景の一つとして、卒業前に就職先を決め、企業が継続的に人材育成を行う新規学卒者の一括採用を挙げています。
ただし、若年失業率は景気や産業構造、教育制度などさまざまな要因にも左右されます。
新卒一括採用だけで説明できるものではありません。
「新卒のときに決まらないと不利」という弱点もある
便利な仕組みには、反対側があります。
正社員採用が新卒という特定の時期に集中すると、そのタイミングから外れた人が不利になりやすくなります。
たとえば、
- 卒業時に就職しなかった
- 就職活動がうまくいかなかった
- 最初の会社を短期間で辞めた
- 卒業後に別の進路から就職へ切り替えた
といった人です。
企業の採用市場が「新卒」と「経験者」に大きく分かれると、その間にいる「新卒ではないが、十分な職業経験もない人」が入りにくくなることがあります。
この点は、新卒一括採用の大きな弱点です。
そのため、制度を少しずつ柔らかくする動きもあります。
厚生労働省は、既卒者について卒業後少なくとも3年間は新卒採用枠に応募できるようにすることや、通年採用の拡大などを企業に促しています。
つまり、新卒一括採用そのものをなくすというより、
メリットを残しながら、「一度タイミングを逃すと入りにくい」という弱点を小さくする
方向へ変わってきていると見ることもできます。
新卒一括採用は「古い制度だから残っている」だけではなかった
今の感覚で見ると、新卒一括採用には不思議なところがたくさんあります。
同じ時期に学生が就職活動を始め、多くの人が同じ4月に入社する。
職業経験のない人をまとめて採用し、とくに総合職型では入社後に配属先を決めることもある。
かなり独特な仕組みに見えます。
しかし歴史をたどると、そこには、
学校が毎年卒業生を送り出す仕組みと、
企業が未経験者を採用し、長い時間をかけて育てる仕組み
を結び付ける合理性がありました。
だからこそ、100年以上にわたって形を変えながら残ってきたのでしょう。
一方で、働き方は変わっています。
転職は珍しくなくなり、職種別採用や配属先をあらかじめ示す採用も広がっています。企業が一つの会社の中で長期間育成するという前提も、以前ほど一様ではありません。
新卒一括採用も突然なくなるのではなく、「新卒しか入り口がない仕組み」から、「新卒という大きな入り口もある仕組み」へ少しずつ変わっていくのかもしれません。
古い制度が残っているとき、「昔からあるから」で終わらせず、なぜ生まれ、誰にとって便利だったのかまで見てみる。
そうすると、今も残っている理由が少し違って見えてきます。
参考文献
- 労働政策研究・研修機構「なぜ日本の大企業では新卒一括採用がおこなわれているのか」(日本労働研究雑誌 2025年4月号)
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2025/04/pdf/076-081.pdf - 厚生労働省「青少年雇用対策基本方針」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00013960&dataType=0&pageNo=1 - 労働政策研究・研修機構「雇用システムの歴史的変遷について」
https://www.jil.go.jp/researcheye/bn/028_180329.html
