信号のない横断歩道で待っているのに、車が何台も通り過ぎていく。日常的に道路を歩いていれば、経験したことがある人も多いだろう。
しかし、横断しようとしている歩行者がいるとき、車が止まるのは親切やマナーではない。横断歩道の直前で一時停止することは、道路交通法で定められた義務である。
しかも、最近になって厳しくなったルールでもない。横断しようとしている歩行者への一時停止が明文化されたのは1963年であり、1971年には、歩行者がいないことが明らかでない場合、横断歩道の直前で停止できる速度で進むという現在につながる義務も加わった。
それでもJAFの2025年調査では、一時停止した車は56.7%であった。まだ4割以上が止まらない一方、2016年の停止率はわずか7.6%であり、道路上の行動は10年弱で大きく変わっている。
なぜ半世紀以上前からあるルールが長く十分に守られず、近年になって急速に浸透してきたのだろうか。
横断歩道では、人が見えてから止まればよいわけではない
現在の道路交通法第38条では、横断歩道に近づく車に段階的な義務を定めている。
| 横断歩道の状況 | ドライバーに求められること |
|---|---|
| 横断しようとする歩行者等がいないことが明らか | そのまま通過できる |
| いないことが明らかではない | 横断歩道の直前で停止できる速度で進む |
| 歩行者等が横断中、または横断しようとしている | 直前で一時停止し、通行を妨げない |
重要なのは、歩行者が横断歩道へ入ってから初めてブレーキを踏めばよいわけではないことである。横断しようとする人がいないことが明らかでなければ、横断歩道の直前で停止できる速度まで落として接近しなければならない。
横断歩道の手前にあるひし形の道路標示も、その先に横断歩道があることを知らせている。横断歩道に着いてから人を探すのではなく、標示を見た段階から歩行者の存在を確認し、必要なら止まれるようにするのが本来の運転である。
歩行者が横断中または横断しようとしているのに一時停止しなければ、横断歩行者等妨害等違反となる。つまり、停止は譲り合いではなく、明確な交通ルールなのである。
一時停止義務はいつからあったのか
昔は横断歩道で止まるのは努力義務だった、と考えるのは正確ではない。現在とまったく同じ規定ではなかったものの、歩行者を保護する法的義務は道路交通法の制定当初から存在し、その後段階的に強化されてきた。
| 年 | 主な内容 |
|---|---|
| 1960年 | 横断歩道を通行している歩行者がいれば「一時停止または徐行」して妨げない |
| 1963年 | 横断しようとしている歩行者も保護対象とし、横断歩道直前での一時停止を明文化。当時は道路の左側部分に関する規定 |
| 1967年 | 横断歩行者保護の規定を「横断歩道における歩行者の優先」として第38条に整理 |
| 1971年 | 歩行者がいないことが明らかでなければ、横断歩道直前で停止できる速度で進む義務を追加 |
1960年は一時停止または徐行だった
現在の道路交通法が制定された1960年、当時の第71条では、歩行者が横断歩道を通行しているとき、車は一時停止または徐行して、その通行を妨げないこととされていた。
したがって、この時点でも単なるマナーではなかった。ただし、対象は横断歩道を通行している歩行者であり、ドライバーには一時停止だけでなく徐行という選択肢があった。
1963年から1971年に現在につながる形へ
1963年の改正では、横断中の歩行者だけでなく、横断しようとしている歩行者も保護対象となり、横断歩道直前での一時停止が明文化された。ただし当時の条文には道路の左側部分という限定があり、現在と完全に同じ制度がこの時点で完成したわけではない。
1967年には横断歩行者保護の規定が第38条として整理され、1971年にはさらに、横断する歩行者がいないことが明らかな場合を除き、横断歩道の直前で停止できる速度で進む義務が加わった。
実際の運転でいえば、歩行者を見つけてから急ブレーキを踏むのではなく、死角などで歩行者の有無を確認できない場合にも、あらかじめ止まれる状態で近づくことが求められるようになったのである。現在につながる歩行者優先の仕組みは、1970年代初めまでにはほぼ形が整っていた。
停止率は7.6%から56.7%へ 道路上の行動は大きく変わった
法律が整った時期に比べ、実際の道路上の行動が変わるまでには長い時間がかかった。
JAFは2016年から、信号機のない横断歩道で歩行者が横断しようとした際に、車が一時停止するかを全国で調査している。その推移を見ると変化は明確である。
| 年 | 一時停止率 |
|---|---|
| 2016年 | 7.6% |
| 2017年 | 8.5% |
| 2018年 | 8.6% |
| 2019年 | 17.1% |
| 2020年 | 21.3% |
| 2021年 | 30.6% |
| 2022年 | 39.8% |
| 2023年 | 45.1% |
| 2024年 | 53.0% |
| 2025年 | 56.7% |
2016~2018年は8%前後でほぼ横ばいであり、10台中9台以上が止まらない状態だった。それが2019年以降は大きく伸び、2024年には初めて半数を超えている。
なぜこの時期から変わったのかを一つの原因で説明できる資料はない。ただし、同じ時期に取締りや啓発が強まっていたことは確認できる。警察庁などの資料では、横断歩行者等妨害等違反の取締り件数は2017年の約14.5万件から2021年には約32.6万件まで増加している。
JAFによる全国調査も毎年公表され、横断歩道で車が止まらない実態が数字として繰り返し伝えられるようになった。取締り、交通安全教育、広報、調査結果の報道などがそれぞれどの程度影響したかは分からないが、停止率が急上昇した時期は、既に存在していたルールが社会で改めて強く意識されるようになった時期と重なっている。
車が止まらない理由はルールを知らないだけではない
車が止まらない理由というと、ドライバーがルールを知らない、あるいは歩行者を無視していると考えがちである。しかし、実際にはもう少し複雑である。
JAFが2017年に自動車ユーザー4,965人を対象に行ったアンケートでは、一時停止しない、またはできない理由として考えられるものについて、次の回答が多かった。
- 自車が停止しても対向車が停止せず危ない:44.9%
- 後続車が来ておらず、自車が通り過ぎれば歩行者は渡れると思う:41.1%
- 横断歩道に歩行者がいても渡るかどうか分からない:38.4%
- 一時停止すると後続車から追突される不安がある:33.5%
一方、歩行者優先であることを知らなかったという回答は7.6%であった。この調査は実際に違反した本人だけを対象に原因を尋ねたものではないため、停止しない車の原因割合をそのまま示す数字ではない。それでも、ルールの不知だけでは説明できないことは見えてくる。
自分が通過したほうが早いという感覚
後続車がいなければ、自車が停止するより先に通過したほうが、歩行者も早く渡れるように感じる場合がある。歩行者側も、その1台を先に行かせたほうが早いと判断することはあるだろう。
しかし法律上の優先関係は逆である。横断歩道では歩行者が車の通過を待つのではなく、車が歩行者の横断を待つことが原則であり、日常的な効率感と法律上の優先順位が一致しない場面がある。
周囲の車が止まるとは限らない
自分が停止しても対向車が止まらなければ、歩行者は自車の前を通過した先で危険にさらされる。後続車が前車の停止を想定していなければ、追突への不安も生じる。
ただし、これは一時停止しなくてよい理由にはならない。むしろ横断歩道の直前で急にブレーキを踏むのではなく、その手前から速度を落とす必要性を示している。JAFのアンケートでも、後続車からの追突を防ぐ方法として90.8%が、横断歩道の手前から早めに減速することを挙げている。
横断歩道には気づいても、歩行者を見落としていることがある
さらに、そもそも歩行者を十分に認識できていないケースもある。
山口県警が県内の信号機のない横断歩道上の事故や違反を分析したところ、県政番組で担当者は、違反者の7割が「横断歩道には気付いたが、歩行者には気付かなかった」ケースだったと説明している。
これは山口県内の分析であり、全国のドライバーの7割が同じ理由という意味ではない。それでも、停止しない原因をルールの不知や意図的な無視だけで考えるのは不十分であり、横断歩道へ近づく段階で歩行者を探す行動そのものが重要であることが分かる。
道路上のひし形を見たら減速の準備をし、横断歩道の左右に人がいないかを確認する。1971年に加えられた停止できる速度で接近する義務は、こうした見落としを防ぐ意味でも重要なのである。
なお、歩行者が手を挙げたり、視線や動作で横断意思を伝えたりすることは安全のためには有効である。ただし、手を挙げることは車の一時停止義務が生じる条件ではない。歩行者側の意思表示は、車の義務を肩代わりするものではなく、事故を避けるためのコミュニケーションと考えるべきである。
法律が道路上の習慣になるまで
横断歩道の一時停止をめぐる歴史で興味深いのは、法律が整った時期と、実際の行動が変わった時期が大きく離れていることである。現在につながるルールは1970年代初めまでにほぼ整っていたが、2016年の停止率はまだ7.6%にすぎなかった。
一方、停止する車が増えれば、後続車も前車が横断歩道で止まる可能性を予測するようになる。歩行者も車が止まることを期待しやすくなり、一時停止は個々のドライバーの判断ではなく、道路上の共通ルールとして機能しやすくなる。
2025年の停止率56.7%は、まだ十分とはいえない。しかし、10年弱で約49ポイント上昇した変化を見ると、長く存在していた法律が、ようやく道路上の習慣として定着し始めていることが分かる。
法律を作ることと、それを人々にとって自然な行動にすることは別の過程である。横断歩道の一時停止は、その時間差を身近な道路の風景から見ることができる例なのである。
参考文献
- 警察庁「横断歩道は歩行者優先です」
- JAF「信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査(2025年調査結果)」 / JAF「信号機のない横断歩道に関するアンケート調査」
- 山口県警察「横断歩道は歩行者優先です!」 / 衆議院「道路交通法・道路交通法の一部を改正する法律」:1960年制定法・1963年改正法・1967年改正法・1971年改正法
